北川しま子 99.10.21
私は日高平取町出身です。探検家である松浦武四郎の「エゾ探検日記」の
中で、私の母方の祖先である祖母が11歳、父の方の祖母が10歳と記され
ています。話の中では、我々の祖先がアイヌモシリ(人間の大地)でみんな
仲良く楽しく暮らしていました。
大自然のおかげで我々人間も動物も植物も生かされているのだから、決し
て自然を破壊しない。川や海を汚さないことを誓います。どうか我々人間を
お守りくださいませ、と日夜神に祈ります。人間の祈りを神々に伝える役目
をイナウ(木弊)がするのです。アイヌ民族の家の神窓の外にイナウ(木幣)
とヌサ(祭壇)のあるところで神への祈りを行います。大自然すべてが神と
考えられて、人間の力ではどうすることもできないことがたくさんあります。
さまざまな災いはよ物の仕業であるとされます。万物に神が宿ると考え、い
ろいろな場所で神への祈りを行います。特に火の神への祈りは大切にします。
太陽、風、雨。雷、山、川、海、沖の神、鮭、フクロウ、狐、熊、水、火と
いうようにたくさんの神々に感謝し、ヌサ(祭壇)の前で祈ります。
神の創った聖なる大地、アイヌモシリで我々アイヌ民族が長い間、アイヌ
文化を持ってコタン(集落)を作って生活をしていたことは、昔話、ユカラ
やウエベケレ、歌、踊りもあり、それぞれ各地の方言があり、少しの違いは
ありますが、その数は数えきれないほどあります。豊かな自然の中での狩猟
採集を中心に独自の生活と風俗、習慣、言語、信仰は先祖から受け継がれて、
我々のアイヌ民族文化が今日に至るまで伝えられています。アイヌモシリ、
すなわち樺太(サハリン)、千島列島、北海道はアイヌ民族が先住民族であ
り、我々の聖なる大地であります。
和人の集団がアイヌモシリに侵略し、開拓と開発の名のもとに、我々アイ
ヌ民族抹殺行為が各地で起こり、大きなもので1457年のコシャマインの戦い、
シベチャリとハエの糊争とシャクシャインの戦い、ノッカマップ、クナシリ
メナシの戦いなど、この他にも何百という事件が起きています。
和人がアイヌ民族を強制連行と強制労働に駆り立て、食事もろくに与えず、
そこで病気になっても薬も与えず、アイヌ民族を劣る者として扱い、アイヌ
モシリの土地を奪い、言葉も奪い、先住権も主権をも全て奪っておいてから、
明治32年には、アイヌは50年もすればいなくなるということで北海道旧
土人保護法が作られましたが、同化されてアイヌ民族は死んでしまってはい
ないのです。
百年後にアイヌ文化振興法が新しく作られましたが、何の権利もないし、
百年以上も奪われた補償もなく、植民地政策が今もアイヌ民族を苦しめてい
ます。先住民族としての権利を我々アイヌに返してもらいたいのです。我々
アイヌ民族はアイヌモシリの大地を奪われてから貧乏に陥れられたので、日
本政府はアイヌモシリの大地を返して、何百年もの間苦しめた謝罪をし、ア
イヌ民族の先住潅と主権を認め、アイヌ民族の復権のために尽くすべきです。
日本政府の長い間のアイヌ民族蔑視政策は世界に恥ずべきことであり、共
有財産の小さな問題どころか、「北方領土」というところはアイヌ民族の財
産なのです。
北海道旧土人保護法とかアイヌ文化振興法などはアイヌ民族とのチャラン
ケで作ったものではなく、そんな法律はアイヌ民族のためになっていません。
奪ったもものを返してから、北方領土は日本のものとの主張を聞きたいし、
先住民族の権利、主権に関する国の意見も開きたいものです。アイヌ民族と
の対等な話し合いを求めるものです。
考えを述べて私の意見陳述を終わります。